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Vol.486 『海にかかる霧(해무)』 この夏、韓国映画界に射した一筋の希望 [韓国映画]

 
(※)記事中、ややネタバレがありますが、鑑賞には差し支えはありません。

 2014年の夏、韓国の映画館は国策映画とも言えそうな『명량(鳴梁)』に乗っ取られたイヤーな状態だった。
 その他も『군도・민란의 시대(群盗・民乱の時代)』や『해적・바다로 간 산적(海賊・海を往く山賊)』など、似たような時代劇ばかりが並んでウンザリ。
 だが、必然なのか意図的なのか、これら似たモノ同士の時代劇群が朝鮮王朝のトホホぶりを描く結果になっていたのは皮肉なことである。

 そんな韓国恒例夏のファシズム興行の嵐が吹き荒れる中、暗闇に射した一筋の光のように清々しく登場したのが8月13日に公開が始まった異色作『해무(海霧)』だ。

 某K-POPメンバーの本格的な俳優デビュー作ということで、この映画を観るために【日本人女性が夏の韓国に押しかけている】などという相変わらずなプロパガンダが繰り広げられていたらしいが、日本で公開する折には絶対にそれだけで売って欲しくないと思う。
 なぜなら、無残で悲しい愛を描いた純然たる伝統的な「韓国式シュール&グロテスク」の映画だからだ。

 物語は韓国漁船で起こった朝鮮族密航を巡る大量殺人とその顛末が描かれていて、「よくもまあ、こんな企画が今どき通ったものだ」と感心するくらい最近の風潮とはかけ離れた作品になっている。

 監督の심성보は今回が本格的なメジャーデビューだが、かつて名作『殺人の追憶(살인의 추억)』において脚本とスクリプター、端役として参加していたキャリアがあって、この作品に企画として名を連ねている봉준호の力添えが大きかっただろうことは想像に難くない。

 筆者はサスペンス&ミステリーかと思って観に行ったのだが、あくまでも純然たる人間ドラマであり、逃げようがない場所で誰がどう生き延びるかを描いたサバイバルドラマでもある。

 海に浮かぶ漁船の中がシーンの大半を占めているが、ユニークな顔ぶれの実力派俳優を揃えているので決してダレず、上質の舞台劇のような緊張感に溢れており、ブロックバスター作品にありがちな粗雑な編集や破綻した構成に陥ることもなく、映画は一貫した端正なリズムで語られてゆく。
 撮影や美術のレベルはかなり高く、「また日本映画が危うくなったかも」という危機すら感じた。
 
 登場する人物は基本的に「普通の人間」たちでしかない。
 その「普通の人たち」が予期も出来なかったトラブルに遭遇し、次々と醜い本性を現していく様がこの作品における主題の一つであり、そこに人間の「性善」と「性悪」を問う宗教的な暗喩を感じたのは私だけではないと思う。
 特に김윤석演じる철주船長が遂げる悲惨な最後は、その象徴であり暗示のようでもあった。
 ちなみに、『환상속의 그대(幻想の中のあなた)』で共演した한예리と이희준が間逆な関係を演じているのは偶然だろうけど、ちょっとした作り手側の遊び心に見えた。

 映画の結末は一部の人にとって納得が行かないかもしれない。
 なぜなら、あれだけの大量殺人と死体遺棄が行われているにも関わらず、事件の顛末については触れられないからだ。
 最後まで生き残った박유천演じる동식のその後についても同様だ。

 しかし、人間としての良心を守りぬき、愛を信じ続けた동식に待っていた運命も結局は救われなかったと言えるかもしれない。
 ラストシーン、街場の安食堂で彼は홍매(=한예리)らしき女性と再会するが、それもまた尻切れトンボであり、果たして本当に홍매自身であったかを明かされないまま映画は終焉する。
 だが、その不明瞭な幕引きこそ多くの観客に強い余韻を残したと思う。

 なお本作は韓国内観客動員数が140万人を超えたが、現在の韓国映画における風潮を考えるとこの数字はかなり評価していいのではないだろうか?
 もしその裏で『명량(鳴梁)』の興行に対する映画ファンたちの抵抗があったとしたら、ちょっと愉快かもしれない。

 『해무(海霧)』が日本で公開される際、どうしても박유천絡みの宣伝がなされることは仕方ないが、「韓流」イメージを払拭して普通の映画ファンの方々に観て欲しい作品であると共に、심성보監督が韓国映画界の「一発屋」で終わらないことを祈りたい。

hemu2.jpg
2015年4月日本公開予定
『ビー・デビル/김복남 살인 사건의 전말』が好きな人にはお勧めです(でもハード・ゴアではないので박유천ファンの方はご安心を…)

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