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Vol.533 消えた男 [韓国生活]

 韓国の知人、A氏とは仕事を通して知り合った。

 身の丈は185センチを超え、恰幅もよく、顔立ちはそれなりに濃い韓国風、いつも黒い服を着ていたので、まるで韓国映画に出て来る組暴のような風体だったが、中身は全く逆で、温和かつ絵に描いたようなジェントルマン、丁寧な気配りができる人物だった。
 OLの奥さんと共働きで、娘が一人いるという。

 高校時代には無理やりニュージーランドに留学させられたが、周りには羊しかおらず、とっても寂しかったと語り、学生時代から筋金入りの野球好きで、社会人になってからも草野球チームで積極的にプレーしていた。

 それほど親しい訳ではなかったが、A氏は筆者が今まで出会った韓国人男性の中で、飛び抜けて「いいヤツ」だった。

 やがてA氏は独立し、会うこともなくなってしまったが、たまに連絡すると仕事自体は順調らしく、新林洞界隈から盆唐の新都市に家を引っ越したという。
 そして彼からの最後のショート・メールには「今、中国にいるので会えません」と書かれていた…

 …A氏と音信不通になって数年後。

 以前A氏を紹介してくれた会社社長B氏とソウルの下町で飲む。
 そこは外国人観光客がやってくるような場所ではないが、再開発が進み、中堅の住宅街となり、新興企業も増えてと、中々活気ある所だ。

 最近の状況をB氏に尋ねると、やはり事業は悪化しているらしい。
 筆者はいつも半分冗談で彼に「いい加減、会社たたんで故郷へ帰れよ」と言ってはいたけれど、その問いかけに対して「今度新しい事業を始める」と答える。
 なにやら中継貿易の仕事で、うまく行けば今より遥かに儲かるという。

 「そんじゃ、新事業が成功したら、お金貸してくれ」半分冗談で具体的金額を言うと、「いいよ!」と二つ返事。

 でも、これは韓国でよくある会話パターン、それ以上は突っ込まず(本気にせず)、以前から心の隅に引っかかっていたA氏について何か知らないか、尋ねてみた。
 なぜならB氏とA氏は長い友人関係にあるからだ。

 「A?彼は消息不明だよ」
 「ええっ!?」
 「…もしかすると中国で暮らしているんじゃないかな?」

 ここまでは、A氏から直接聞いていたので想定内、「やっぱり」という感じだったが、その後の会話に筆者は足を掬われた。
 「中国にいるって、そんじゃ、奥さんや子供はどうしたんだ?まだ娘は小さいし、奥さんは会社勤めだろ?」

 それを聞いて、今度はB氏の方が驚いた。
 「えっ?Aに奥さんと子供がいるって!?、そんな馬鹿な。彼は結婚していないよ。たしか、母親と兄しか家族はいないはずだ」
 「れれれれっ!???」

 でも、考えてみれば、そのB氏同席の場でA氏が家族を話題にした記憶はない。
 A氏の家族の話題が出るのは、いつも他の連中と一緒に飲んでいる時だったような気も…

 結局、A氏は今も不明で、彼の家族についても、その真相は謎のままだ。

 「みんな言っていることが違う」というのは韓国人と付き合う上でよくあることなので、おそらく誰かが嘘をついているか、勘違いしているか、筆者が騙されているだけなのかもしれない。

 それに「他人の金を持ち逃げして外国にトンズラ」という「韓国人あるある」的な噂も聞かないので、とりあえずA氏は誰にも迷惑を掛けてはいないのだろう。

 だから、筆者はA氏の消息を追うのをやめたけど、今もどこかで、彼は元気にやっているのだろうか。
 幻の妻子と共に……

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