Vol.334 絶望と流血が織りなす残酷なタペストリ『황해/哀しき獣』 [韓国映画]
中国朝鮮族自治区・延吉に暮らす食い詰め者のタクシー運転手、キム・グナム(=ハ・ジョンウ)。
彼は博打で作った借金を返すために、地元の裏社会を仕切るミョン・ジョンハク(=キム・ユンソク)から韓国・ソウルに密航し、「教授」と呼ばれる男(=クァク・ビョング)を殺す依頼を引き受ける。
そしてグナムには、韓国に渡ったまま行方不明の美しい妻(=タク・ソンウン)がいた。
妻への想いを胸に秘め、グナムは決死の覚悟で黄海を渡る…
『追撃者/チェイサー』で衝撃的なメジャー・デビューを果たし、ドギツい演出力が日本でも高く評価されているナム・ホンジン監督の新作『황해/哀しき獣』は、ちょっと毛色が変わった社会派だ。
酷いバイオレンス描写とド迫力アクション(特にカーアクション)は遥かにパワーアップ、全編に血がドバドバドバ!と滝のように流れ、肉片がビチャビチャビチャ!と飛び散る悲惨さは相変わらずだが、2時間40分近い長尺は、だれるどころかデヴィッド・リーンら巨匠たちに通じる正統派大河ドラマの風格すら漂わせている。
主人公グナムが超人的に強すぎたりとか、ジョンハクら朝鮮族ヤクザがまるで凶暴な原始人のようだったりとか、滑稽な部分も否めないが、独特の映像美は素晴らしく、総合的には【お堅い】とすらいえる作品になっている。
この映画でやはり注目すべきことは、中国朝鮮族の青年を主人公にした物語であることだろう。
主な舞台が韓国なので、韓国人キャラも大勢出てくるが、あくまでも中心は一朝鮮族青年の悲劇を描いた作品であり、ここ二十年くらい韓国社会に形成された朝鮮族と韓国人の関係を暗喩した物語でもある。
それは韓国社会とって【僑胞とは何か?】という大きな疑問を投げかけているようにも思えた。
韓国に外国人労働者がやってくるようになった大きなきっかけは、ソウルオリンピックの頃辺りではないかと思う。
基本的には非合法就労ではあったが、【同じ民族】ということで特別に受け入れが始まったのが、中国朝鮮族の人々だった。
だが、祖先を同じにして言語が近いといっても、やはり生まれも育ちも別の人々であり、【同じ民族】と言い切るには無理がある。
排他的で部外者を見下す傾向が著しい、かの国の社会では当然ながら軋轢も発生する。
私の知人(韓国人)は当時、仁川で起こった衝動的な大量殺人事件に激怒し「あいつらは韓国人じゃない、中国人だ!」と怒り狂っていたことがあった。
日本では重大な差別発言になりかねない物言いだが、韓国社会がよく口にする【僑胞】という言葉の裏側を意識させる出来事でもあった。
それからだいぶ経ち、ソウル地下鉄2号線に乗っていると、非常に気になる看板を新大方駅から大林亭駅の間にかけて見かけるようになる。
「羊肉串」
確か1997、98年頃の話だ。
その看板が何であるか具体的に知るのは、それからまた数年後の話ではあるのだけど、なぜそうなったかといえば、韓国の知人たちがそういう場所に行くのを非常に嫌がったからである。
今ではそこら辺はニューカマー中国人たちの濃い街になってしまい、地元の韓国人達は次々と他に流出してしまったりしている。
それはそれで歴史の摂理として仕方ないことではあるのだけど、昔のソウルらしさを濃厚に残し、物価も安かったこの街の急激な変わり様に、一番戸惑っていたのは、私のような外国人ではなくて、当の韓国人だったのかもしれない。
かつて韓国映画において、中国朝鮮族の人々が扱われたことは初めてではないけれども、娯楽大作において、中心的テーマになったことはおそらく史上初めてだろうと思う。
「よくこの企画が韓国で通ったな」と感心しつつも、『追撃者/チェイサー』ではわからなかったナム・ホンジン監督の方向性と指向が垣間見える一本でもある。
『追撃者/チェイサー』好きにとってはちょっと期待を裏切られる内容かもしれないが、韓国社会が内包する隠された辛い現実を正面から描き、男の純愛を描きつつ、甘いハッピーエンドにしなかった厳しさという点でも、最近の韓国映画大作群の中で異色といえるだろう。
東大門あたりで無邪気に양꼬치食べて喜んでいる人には共感しがたい作品かもしれないが、韓国という【場】もまた、異なる民族と異なる文化が交差する闘争の場であることを如実に描き切った作品なのかもしれない。
ナム・ホンジン監督の次なる企画でもハ・ジョンウとキム・ユンソクは出演する意向を強く示しているそうなので、血みどろゴールデン・トリオが醸しだす、次なる驚きに期待しよう。
彼は博打で作った借金を返すために、地元の裏社会を仕切るミョン・ジョンハク(=キム・ユンソク)から韓国・ソウルに密航し、「教授」と呼ばれる男(=クァク・ビョング)を殺す依頼を引き受ける。
そしてグナムには、韓国に渡ったまま行方不明の美しい妻(=タク・ソンウン)がいた。
妻への想いを胸に秘め、グナムは決死の覚悟で黄海を渡る…
『追撃者/チェイサー』で衝撃的なメジャー・デビューを果たし、ドギツい演出力が日本でも高く評価されているナム・ホンジン監督の新作『황해/哀しき獣』は、ちょっと毛色が変わった社会派だ。
酷いバイオレンス描写とド迫力アクション(特にカーアクション)は遥かにパワーアップ、全編に血がドバドバドバ!と滝のように流れ、肉片がビチャビチャビチャ!と飛び散る悲惨さは相変わらずだが、2時間40分近い長尺は、だれるどころかデヴィッド・リーンら巨匠たちに通じる正統派大河ドラマの風格すら漂わせている。
主人公グナムが超人的に強すぎたりとか、ジョンハクら朝鮮族ヤクザがまるで凶暴な原始人のようだったりとか、滑稽な部分も否めないが、独特の映像美は素晴らしく、総合的には【お堅い】とすらいえる作品になっている。
この映画でやはり注目すべきことは、中国朝鮮族の青年を主人公にした物語であることだろう。
主な舞台が韓国なので、韓国人キャラも大勢出てくるが、あくまでも中心は一朝鮮族青年の悲劇を描いた作品であり、ここ二十年くらい韓国社会に形成された朝鮮族と韓国人の関係を暗喩した物語でもある。
それは韓国社会とって【僑胞とは何か?】という大きな疑問を投げかけているようにも思えた。
韓国に外国人労働者がやってくるようになった大きなきっかけは、ソウルオリンピックの頃辺りではないかと思う。
基本的には非合法就労ではあったが、【同じ民族】ということで特別に受け入れが始まったのが、中国朝鮮族の人々だった。
だが、祖先を同じにして言語が近いといっても、やはり生まれも育ちも別の人々であり、【同じ民族】と言い切るには無理がある。
排他的で部外者を見下す傾向が著しい、かの国の社会では当然ながら軋轢も発生する。
私の知人(韓国人)は当時、仁川で起こった衝動的な大量殺人事件に激怒し「あいつらは韓国人じゃない、中国人だ!」と怒り狂っていたことがあった。
日本では重大な差別発言になりかねない物言いだが、韓国社会がよく口にする【僑胞】という言葉の裏側を意識させる出来事でもあった。
それからだいぶ経ち、ソウル地下鉄2号線に乗っていると、非常に気になる看板を新大方駅から大林亭駅の間にかけて見かけるようになる。
「羊肉串」
確か1997、98年頃の話だ。
その看板が何であるか具体的に知るのは、それからまた数年後の話ではあるのだけど、なぜそうなったかといえば、韓国の知人たちがそういう場所に行くのを非常に嫌がったからである。
今ではそこら辺はニューカマー中国人たちの濃い街になってしまい、地元の韓国人達は次々と他に流出してしまったりしている。
それはそれで歴史の摂理として仕方ないことではあるのだけど、昔のソウルらしさを濃厚に残し、物価も安かったこの街の急激な変わり様に、一番戸惑っていたのは、私のような外国人ではなくて、当の韓国人だったのかもしれない。
かつて韓国映画において、中国朝鮮族の人々が扱われたことは初めてではないけれども、娯楽大作において、中心的テーマになったことはおそらく史上初めてだろうと思う。
「よくこの企画が韓国で通ったな」と感心しつつも、『追撃者/チェイサー』ではわからなかったナム・ホンジン監督の方向性と指向が垣間見える一本でもある。
『追撃者/チェイサー』好きにとってはちょっと期待を裏切られる内容かもしれないが、韓国社会が内包する隠された辛い現実を正面から描き、男の純愛を描きつつ、甘いハッピーエンドにしなかった厳しさという点でも、最近の韓国映画大作群の中で異色といえるだろう。
東大門あたりで無邪気に양꼬치食べて喜んでいる人には共感しがたい作品かもしれないが、韓国という【場】もまた、異なる民族と異なる文化が交差する闘争の場であることを如実に描き切った作品なのかもしれない。
ナム・ホンジン監督の次なる企画でもハ・ジョンウとキム・ユンソクは出演する意向を強く示しているそうなので、血みどろゴールデン・トリオが醸しだす、次なる驚きに期待しよう。
2012年1月7日より日本公開予定
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