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Vol.437 絆とは恐ろしいモノである 『환상속의 그대』 [韓国映画]

 1990年後半以降、韓国映画界では沢山の女性スタッフが活躍するようになったが、女性監督が活躍する場はまだまだ、インディーズ系が中心だ。
 だが作品性に絞ってみれば、女性監督がインディーズ系で躍進する事自体は決してマイナスばかりではないだろう。
 逆に低予算のインディーズだからこそ、女性特有の感性も織り込むことが出来るという考え方もある。

 幾つかの短編を経て『환상속의 그대』で長編デビューした강진아は映像編集者として業界を生きてきた人だが、その作品を観れば分かるように、よくある小手先で映像をこねくり回すような演出はせず、ワンカット、ワンカット、腰を据えて被写体と対峙しながら映画を作るタイプの監督のようだ。
 そしてその粘りを感じさせる演出は俳優たちからポテンシャルを引き出すことにも成功しているのである。
(Story)
기옥(=이영진)はイベント業で生計を立てている、ちょっとイケてない女性だ。
彼女には차경(=한예리)という水族館で勤務する女友達がいて、차경は看護士をしているちょっと頼りない恋人혁근(=이희준)と同棲生活を送っていた。
기옥も혁근を愛していたが、その想いを隠し続けている。
차경が기옥を訪ねたある夜、차경は交通事故でこの世を去ってしまう。
차경の突然の死は、기옥と혁근を動揺させ、二人の精神を蝕んでゆく。
彼女の死から一年が過ぎてもそれは終わらない。
차경との思い出が亡霊のようにいつまでも二人につきまとい、기옥は段々と死の幻影に囚われてゆく。

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 この映画は一般的な男女の恋愛模様を描いた作品ではないと思う.
 それよりも男女を超えた「絆」が、いかに互いの精神に重篤な影響をもたらすかを描いた作品ではないだろうか?

 ここでいう「絆」とは美しいものではなく、「呪縛」とさえいえそうなネガティブな繋がりだ。
 そのリンクが突然消失することで主人公たちは精神的、肉体的に追い詰められてゆく。
 だが、それを補填し修復するのもまた「絆」という「呪縛」なのである。

 物語自体に込み入ったストーリーはなく、あくまでも登場人物たちの苦悩、変化、再生をじっくりと、時にはキッチュに描いている。
 少々くどいきらいもあるので辟易する人もいるだろうけど、似たような経験を持った人はいたたまれなくなるかもしれない。
 特に차경が死後、残された기옥と혁근につきまとう様子はまるで怪談映画のようで脱線寸前の感もあるが、それは「絆」が暗黒面に転じると死につながる喪失感を生み出すという逆説のようにも思えた。

 出演者はあまり有名ではないが、それなりに個性的だ。
 기옥演じた이영진は絵に描いたような「イケていない女子」を体現しているし、이희준の繊細ダメ男ぶりは男性にとって共感できるリアルなものだ。
 『ハナ〜奇跡の46日間』での好演が記憶に新しい한예리は、一種の狂言回しとして物語を先導してゆく。

 短編『구천리 마을잔치』を観た時、映画的トリッキーさに溺れず、人の本質をあくまでも見つめようとする강진아の演出姿勢に骨太な誠実さを感じたが、それがまぐれでなかったことを、この『환상속의 그대』はきちんと証明してみせたといえるかもしれない。

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