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Vol.178 「Once upon a time in COREA(=これあ)」いかに? [韓国映画]

 韓国映画「Once upon a time in COREA(원스어폰어타임)」は日帝末期を舞台に、新羅時代の秘宝をめぐる争奪戦を描いた退屈なドタバタ劇だ。

 ここ最近流行りの「京城モノ」だが、やってるネタは古く、韓国における「日帝モノパターン」の伝統的な流れを100%引き継いではいても、今では通用しない内容だろう。

 この映画では慶州・石窟庵、如来坐像の額に嵌められていた巨大ダイアモンドが争奪のネタとなるが、これに関して「日本人が民族の誇りを奪うために国外に持ち出して、分割してしまったのです」などと真面目に書いている記事がやっぱり韓国にはあったので、毎度のこととは思いながらも少し調べてみた。
 
 そもそも、ダイアモンドがまともに加工出来るようになり、世界基準の宝石になったのは近代以降と思うので、疑問に感じたからだ。
 
 結論として、「仏像の額に嵌っていた」のが「ダイアモンド」だった、というのは映画の創作(映画を観れば一目瞭然)だが、「額に何が嵌っていたのか?」、それもまた結局、伝説の域を出ないのである。

 宝石が水晶だったとか、シルクロード経由で入ってきたローマン・グラスであるとか、現実的な意見が交わされているが、それを証明するものは残念ながら存在しない。

 しかし、それとは別に、ある興味深い事象も、同時に見えて来る。

 「日本人が宝石を奪った」という枕詞の論拠だ。

 それは、よくある「悪意の日帝伝説」に過ぎないと思うのだが、実はその裏に、この石窟庵を再発見したのが日本人郵便配達夫であり、それを修復したのも日本人であった、という事情が見え隠れする。

 いまでこそ、ユネスコ世界遺産に登録、ということで韓国人の自慢のタネになっている石窟庵だが、実は新羅時代に造られてから相当長い間、放置されて忘れ去られていたという。
 
 もちろん、比較的近くにある仏国寺の僧侶たちの間では伝聞されていたのかもしれないが、人里離れた、ドエリャー山奥にあるので、朝鮮時代の人々が知らなくても全然不思議ではない。

 ただ、まずかったのは、再発見してから、本格的な修復に入るまで、色々な人間が山に入ってしまい、残されていた貴重品が持ち出されてしまったということらしい。
 
 当然、石窟庵の詳細目録なんて存在しないだろうから、何がどうなったかなんて、永遠に不明となってしまったのである。

 その後、日本人による本格的な修復作業に入るが、そこは当時のこと、資料も技術も乏しく、正確に石窟庵を修復できなかった上、使ったコンクリートが石窟内の微妙なバランスを壊してしまい、遺跡を痛める原因になってしまったという、マイナスのおまけまでが付いてしまった。

 そこら辺にいつもの韓国流オヒレハヒレが発酵して「日帝の悪だくみ」ということになったのだろうけど、この石窟庵修復もまた、「他人の善意は当人にとって余計なお世話」という具体的な例だったのかもしれない。

 人類の遺産だ、なんだと、おおげさに説いても、結局は地元の人が、その文化財の価値に気がついて守らないと、どうしようもないのである。

 それは日本も変らないし、どこでも同じことなのではなかろうか?

 今はガラス板に守られている石窟庵だが、光が反射して見づらいことこの上なく、「これだったら非公開にすればいいのに」とも、思ってしまう。

 石窟庵は今の慶州にとって、観光収入の大きな目玉ではあるが、そういう決断もまた、必要な時が来るかもしれない。

once1.jpg




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