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Vol.420 勤め人もまた辛い『ある会社員(회사원)』 [韓国映画]

 韓国映画には「フィルム・ノワール」と呼ばれる分野がある。
 明確な定義はないが、犯罪者など社会的アウトサイダーを主人公に据えて、暴力と無常感と暗さで全編を包んだ映画を指すことが多い。
 ハッピーエンドにならないのも特徴だ。

 韓国映画における最初の本格的フィルム・ノワールは『게임의 법칙(ゲームの法則)』(1994/日本未公開)だと言われている(あくまでも一説です)。
 日本で知られている作品としては『アジョシ(아저씨)』やハ・ジョンウの『哀しき獣(황해)』、『悪魔を見た(악마를 보았다)』や『甘い人生(달콤한 인생)』、『オールド・ボーイ(올드 보이)』などが該当すると思う。

 これらの作品群はアウトローたちが血で血を洗う世界をファンタジーぎりぎりの物語設定でハードに描くことにより、暗喩としての韓国社会も描いているが、話が陳腐になりやすいこと、公開レートがR15以上になりやすいことなどから、作品性と興行性を両立させることが難しいジャンルでもある。
 だが、6月1日から日本公開が始まった『ある会社員(회사원)』は韓国式フィルム・ノワールの秀作と呼んで差し支えない作品だ。

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 韓国では2012年10月14日に公開され、観客動員数102万人程度なので、そこそこのヒットだが、韓国式フィルム・ノワールの魅力が随所に光っており、おそらく結構映画にうるさい客層に支持されたのではないだろうか。
 私は残念ながらリアルタイムで観ていないので2012年度韓国映画ベスト10には入れなかったが、観ていたならば必ず入れていただろう。

 物語はカタギの会社を装った殺し屋集団の内部抗争という、日本の一昔前の劇画なんかでよくありそうな話、それ自体は新鮮味がないしリアリティもないのだが、破綻スレスレのシュールな設定の中で主人公たちの行動を抑制の効いた語り口で描き、企業に養ってもらう一個人の抱えた矛盾というテーマを観る側に提示する。

 韓国人は日本人に比べ企業に対する忠誠心や帰属意識が薄く、いい加減で信用に足りないという印象が私にはあるが、この映画を観るとそこら辺の事情が大分変わって来ている、というか変わらざるを得なくなっていることがよくわかるし、勤め人なら誰でも一度は抱くであろう疑問を殺し屋サラリーマン지형도を通して訴える。

 編集や映像の仕上がりが大変丁寧なことも特筆すべき点だろう。
 端正な映像にはバラつきがないし、全体のリズムも一定していて唐突感も少ない。
 これは公開直前にハチャメチャな編集で作品に手入れをしてしまうことが多い韓国映画では珍しいことであり、最初から最後まで続くシュールな世界観と独特で簡潔なセリフもまた、ありえない物語を説得力のあるものとした。
 疑問と批判を唱える向きはもちろんあるが、現実をカリカチュアしたシュルレアリスムとして受け入られるかどうかで、180度受け取るものが異なって来ると思う。
 主演の소지섭も作品のシュールさに大きく関与していて魅力的だ。
 別の作品に例えてみればチャンジンの『ガン&トークス(킬러들의 수다)』から笑いや無駄なレトリックを払拭し登場人物を整理、より世相を投影した映画といった趣だろうか。

 アクション映画としてもなかなか魅力的で、地味だが凝ったアクションが展開、特にラストは狭い社内での壮絶な銃撃戦となるが、狭く動きが取れない空間だからこそあり得た殺陣の形という面白さがあり、マイケル・マンばりに銃器によって発射音を分けているのも凝っている。

 この『ある会社員(회사원)』は韓国のメジャー系作品として珍しいタイプの作品だったと思うが、異端さがうまく「吉」に転じた好例だったのではないだろうか。
 日本で公開されたのは「소지섭が主演だから」というのが第一の理由だろうけど、同時に特異な作品性もまた評価されたと信じたい。


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