SSブログ

Vol.467 もちろん、私の考え過ぎです 『변호인』 [韓国映画]

 韓国とそれなりに長い間付き合っていると、つくづく正義と反権力に彩られた「英雄」と「伝説」を渇望している社会だな、とよく思う。
 そこにあるのは「こうなりたい!」という憧ればかりではなく、時には「自分たちの方が正しい」という拠り所だったりすることがあって、歴史学的な視点や客観性に基づいた事実は必ずしも関係ないらしい。

 2013年12月18日に公開されて以来、観客動員数1000万人(※1)をあっという間に越えて、破竹の快進撃を続けている『변호인』を観た時、私はその思いを改めて強くした。
(※1)2014年4月時点で11,375,207人。

 この『변호인』自体は韓国一般の人たちにとって、世代を超えて笑って泣ける拍手喝采の娯楽作だ。
 軍事政権下に起こった実話をベースとし、当時の右派と左派、支配者側と非支配者側の関係を分かりやすく勧善懲悪物に見立てたとも言える。

 日本でいえば『男はつらいよ』の「寅さん」を人権派かつ庶民派の弁護士に代えて描いたようなお話に近いかもしれず、韓国の「怒れる若者」達にとって송강호演じる主人公は、現行体制に敢然と立ち向かうヒーロー兼メシアを投影したかのようでもあり、支持を受けるのは自然なことだろう。

 だが、この映画に対して私が共感も感心も出来なかったのは、亡くなってから日が浅く歴史的に評価するにはまだまだの人物を、伝説の英雄として奉るように描いていたことであり、主人公が立ち向かう事件にしても、それほど大昔ではない約三十年前に起こった「ING」事項だったからだ(※2)。
(※2)映画公開後の2014年2月にモデルになった事件の被告側無罪判決が釜山地方法院で下された。

 それ故、単純な娯楽フィクションとして割りきって描くには、もっと第三者的フィルターと時間が必要なのでは?と考えるのだが、この映画にはそういったことを後の世代に託すべき余地があったかどうかは疑問である。

 韓国の観客にとっては「即知の事実、常識、いわずもがな」ということかもしれないが、私はあいにくへそ曲がりの外国人なので、「一昔前ならいざ知らず、今もこれで本当にいいのか?」という気持ちが拭えなかった。

 この映画に限らずだが、韓国の軍事政権が成立した背景をスルーして「我々が求めたわけではない」と声高に主張することはやはりどこかズレているし、事件が起こった根底にある当時の政治的緊張についても、きちんと描かれているように見えない。
 
 そして、軍事政権に対する非難を「悪の権力者VS正しい庶民」という構図に転換し、娯楽ネタ化してゆくことは、今だ盤石とは言えない民主政権に対しても、「気に入らないから、デモでもやって転覆させればいいや」ということに繋がってゆくのではないだろうか。

 多くの若者にとっては「その場が面白ければOK」的な「ノリ」が優先しているだけの事かもしれないが、そこには昔のような命がけの民主運動とは異質の、「お手軽さ」も同時に感じてしまう。

 歴史的な事件の当事者に近い人は多くを語らないものだが、当時から隔てられた人は逆に事実を膨らませ、憎悪を漲らせやすい。
 そして、事件関係者がこの世からいなくなることに比例して、その憎しみのバイアスをさらに高め、新たな伝説が生み出され補填されてゆくことになる。

 韓国の人々はなんでもかんでも煽動になびいている訳ではないし、個人的な意見、内輪での話ということであれば、自分たちの国や社会を批判する意見もちゃんと出てくる。
 もちろん真逆の連中もいるが、多くは日本で一部声高に言われるよりも現実的で常識的だ。
 噂やデマに弱いことは否めないが、それは社会集団の脆弱性のようなものであって、日本もとやかく言えないだろう。

 だが、彼らにアプローチを試みる日本人にとって、いつも困難な壁として立ち塞がるのが、「おおやけ」ということになると、その態度が二重人格のように豹変することだ。
 韓国が「おおやけ」に対して横並びしない者には厳しく排他的であり、バランスを重視する中庸的な発言や対話路線は密かに賛同を得ることはあっても、大きなムーブメントに至らないことは否めない。

 そして「우리」という枕詞や特定キーワードは、普通の人たちを暴発させる危険な引き金と化し、意見が異なる者とのコミュニケーションがますます成立しなくなって行く。
 それ故、この映画に熱狂する若い観客の姿を見ていると、「この国らしいなあ」と思うと共に、暗澹たる未来の可能性もまた、同時に感じざるをえないのだった。

 なぜなら、近い将来、次に糾弾され貶められるのは、もしかしたらこの映画に夢中になった若い観客自身であり、それを暴力的に実行するのは彼らの子どもたち、ということになるかもしれないからだ。

bengonin2.jpg

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。