Vol.503 祝?『ウォーキング・デッド』が再び面白くなって来た…かも? [海外ドラマ]
2014年10月、『ウォーキング・デッド シーズン5』の放送が日本でも始まった。
同年12月で一旦中休みになったが、第八話の最後は相変わらず期待を裏切ってくれる結末だった。
この『ウォーキング・デッド』、前のシーズン4からだいぶ仕切り直しを行ったらしく、製作話数が少なくなった分、展開がスピーディーになり、各話の密度がぐっと増した。
そして、よりロメロ系ゾンビシリーズのテイストが濃くなったように思う。
全体的に小粒になったものの、ゾンビの見せ方(=殺し方)はより丁寧で凝ったものになり、話はますます絶望と混迷の度合いを深めている。
本ブログでも疑問を呈した、シーズン2から3にかけての「この番組は韓国企業が提供しています!」という余計な主張もシーズン4からかなり排除されたようで、「このTVドラマはあくまでもアメリカが舞台で、アメリカで暮らす人々が主人公です」という色合いが大分強調されるようになった。
強引な韓国色が不自然に濃かったことについて、どの程度、視聴者からクレームが来たのかは分からないが、そのままだったら、偏見のない視聴者であっても離れていっただろうし、なによりも韓国側ファンが「恥ずかしいだろ!」になっていたのではないだろうか?
シーズン4では刑務所を追われたリックたちのグループは離散し、それぞれが生き残るために放浪する姿が描かれているが、舞台を固定しないことで世界観が拡がった。
のっけから派手なアクションシーンが連続し、新レギュラーとして元軍人のエイブラハム軍曹らが加わるが、ある理由でワシントンを目指す彼らの真摯な姿は、1970年代の終末系SF映画を彷彿させ、このTVシリーズが原点に戻ろうとしている象徴のようでもあった。
韓国系のスティーブ・ユアンも、俳優として本当に上手くなったものだと思う。
一時期、劇中で「俺は韓国系だ!!」と無用に強調していた(≒強調させられていた??)けど、それが一番イヤだったのは当人では?
シーズン4は謎のシェルター「終着駅」に向けて、レギュラーたちが集まり、再び一つになるところが最後のヤマとなるが、この「終着駅」の正体はシーズン5で明かされる。
これが非常に不愉快なもので、人によっては正視できないかもしれない。
そして、物語は人の醜さをそれまで以上に描くようになり、「ゾンビVS人間」の戦いは「人間VS人間」が中心となってゆく。
そこではもう、ゾンビは単なるアクセサリーだ。
このドラマが始まった当初から、筆者はホラーアクションというよりも「紛争や戦争の暗喩」として観ていたのだけど、シリーズ4辺りから、それが一層濃くなってきている。
最低限の良心を維持しているはずの主人公たちですら、「良い人」でも「悪い人」でも無くなってしまう。
「仲間以外は全て敵」であり、「やさしさ」とは相手を冷たく突き放すか殺すことだ。
何をやろうとも、自分が生き残ることだけが唯一の目的なのである。
シーズン5はまだ完結していないので、現時点ではなんとも言えないが、シーズン4はシーズン1に次いで、面白いシーズンと言えるだろう。
大体、アメリカのTVドラマは第4シーズンの出来栄えいかんで、凡作になるか、名作になるかの分岐点になる、というイメージが筆者にはあるので、シーズン5でズッコケて欲しくないものだ。
なによりも、またぞや某国企業スポンサーの要望を過剰に汲んだ展開にならないことを切に願いたい。
同年12月で一旦中休みになったが、第八話の最後は相変わらず期待を裏切ってくれる結末だった。
この『ウォーキング・デッド』、前のシーズン4からだいぶ仕切り直しを行ったらしく、製作話数が少なくなった分、展開がスピーディーになり、各話の密度がぐっと増した。
そして、よりロメロ系ゾンビシリーズのテイストが濃くなったように思う。
全体的に小粒になったものの、ゾンビの見せ方(=殺し方)はより丁寧で凝ったものになり、話はますます絶望と混迷の度合いを深めている。
本ブログでも疑問を呈した、シーズン2から3にかけての「この番組は韓国企業が提供しています!」という余計な主張もシーズン4からかなり排除されたようで、「このTVドラマはあくまでもアメリカが舞台で、アメリカで暮らす人々が主人公です」という色合いが大分強調されるようになった。
強引な韓国色が不自然に濃かったことについて、どの程度、視聴者からクレームが来たのかは分からないが、そのままだったら、偏見のない視聴者であっても離れていっただろうし、なによりも韓国側ファンが「恥ずかしいだろ!」になっていたのではないだろうか?
シーズン4では刑務所を追われたリックたちのグループは離散し、それぞれが生き残るために放浪する姿が描かれているが、舞台を固定しないことで世界観が拡がった。
のっけから派手なアクションシーンが連続し、新レギュラーとして元軍人のエイブラハム軍曹らが加わるが、ある理由でワシントンを目指す彼らの真摯な姿は、1970年代の終末系SF映画を彷彿させ、このTVシリーズが原点に戻ろうとしている象徴のようでもあった。
韓国系のスティーブ・ユアンも、俳優として本当に上手くなったものだと思う。
一時期、劇中で「俺は韓国系だ!!」と無用に強調していた(≒強調させられていた??)けど、それが一番イヤだったのは当人では?
シーズン4は謎のシェルター「終着駅」に向けて、レギュラーたちが集まり、再び一つになるところが最後のヤマとなるが、この「終着駅」の正体はシーズン5で明かされる。
これが非常に不愉快なもので、人によっては正視できないかもしれない。
そして、物語は人の醜さをそれまで以上に描くようになり、「ゾンビVS人間」の戦いは「人間VS人間」が中心となってゆく。
そこではもう、ゾンビは単なるアクセサリーだ。
このドラマが始まった当初から、筆者はホラーアクションというよりも「紛争や戦争の暗喩」として観ていたのだけど、シリーズ4辺りから、それが一層濃くなってきている。
最低限の良心を維持しているはずの主人公たちですら、「良い人」でも「悪い人」でも無くなってしまう。
「仲間以外は全て敵」であり、「やさしさ」とは相手を冷たく突き放すか殺すことだ。
何をやろうとも、自分が生き残ることだけが唯一の目的なのである。
シーズン5はまだ完結していないので、現時点ではなんとも言えないが、シーズン4はシーズン1に次いで、面白いシーズンと言えるだろう。
大体、アメリカのTVドラマは第4シーズンの出来栄えいかんで、凡作になるか、名作になるかの分岐点になる、というイメージが筆者にはあるので、シーズン5でズッコケて欲しくないものだ。
なによりも、またぞや某国企業スポンサーの要望を過剰に汲んだ展開にならないことを切に願いたい。
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