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Vol.493 『오뚜기』の味(かけめし系編) [韓国の食]

 『オットゥギ』こと『주식회사 오뚜기(株式会社オットゥギ』は、韓国を代表する老舗食品メーカーである。
 黄色いパッケージに赤い子供のマークは昔から食料品売場の顔だった。
近年、韓国は食の面でも多様化、高級化が進行しているが、オットゥギの意匠は最も変わらないものの一つかもしれない。

 このオットゥギ製品、個人的には「安かろう、不味かろう」というイメージしか無かったのだが、それは昔販売していたカレーが、あまりにも不味かったからだろう。
 「韓国のカレー=激マズ=オットゥギ製」という記憶がどこかで植え付けられているようだ。

 だが、ここまで存続が続いている大手企業なのだから、それなりの経営ノウハウがあるわけで、韓国の物価が上がって久しい今、節約も兼ねて、改めてオットゥギ製品の味を考えて見たいと思い立った。

 オットゥギはかなり広く製品を扱っているが、ホテルの部屋で調理出来る低価格帯のインスタント系を中心にして紹介する。

<오뚜기밥>
おすすめ度…興味があればどうぞ
オッツィギパブ2.JPG
基本の「基」。
普通の白飯だが、主食だけあってメーカーによって、実は結構、味が違う。
片端から食べまくって好みの製品を見つけよう。
ちなみにオットゥギの製品は美味しい方だと思う。

<쇠고기짜장>
おすすめ度…結構イケるかも
スッコギチャジャン2.JPG
サラリとしているので、シチューのような趣がある。
肉の量は大したことは無いがカレーよりも風味を感じる。
少し塩辛いが、意外と美味しい。

<춘천닭갈비>
おすすめ度…癖はあるが悪くない
春川ダッカルビ2.JPG
形容しがたい味。
それほど辛くなく具もそこそこ入っている。
コチュジャンの味以外に複雑な風味を感じる。

<낙지덮밥>
おすすめ度…割りとお勧め
タコかけ2.JPG
辛いが食べやすい上、それが後々までひかないのがいい。
意外な拾い物かも。
ちなみにタコはベトナム産だ。

<오삼불고기>
おすすめ度…これまた割りとお勧め
イカかけ2.JPG
シャープな辛さだが、基本の味付けはかなり甘い。
かなりイカ臭いが不味くはない。
さすがにイカは「国産(韓国産)」と表記されている。
(惣菜編に続く…)

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Vol.492 対話とはいつになっても難しい [韓国生活]

 子供の時分、新聞のコラムに、ある印象深い記事が書かれていた。
 当時、世界中で人々を困らせていた「ノーキョー」の団体旅行を揶揄した内容だ。
 日本のエジプト駐在員がピラミッドの近くで「ノーキョー」と遭遇したので、日本語で「日本からいらしたのですか?」と問いかけたところ、無言で睨まれ、更に話しかけると「No!No!」とひたすら拒否されたという話である。

 今、そういう事はあまりないだろうけど、似たような光景を「韓流ブーム」のソウルで目撃したことがある。
 某所にあるアート系シアターに映画を観に行ったのだが、そこには母娘連れらしき女性ばかりの日本人グループがいた。
 「こんなマイナーで分かりにくい場所にも来るようになったんだなぁ」と妙に感心しつつ開場を待っていると、グループのリーダー格と思われる中年女性に近くに座っていた初老の韓国人女性が話しかけ始めた。
 もちろん、綺麗な日本語である。

 韓「どこからいらしたのですか?」
 日「…?イルボン、イルボン」
 韓「そうですか、私は済州島から来たんですけどね」
 日「イルボン、イルボン、イルボン」
 韓「今日は映画をご覧になるのですか?」
 日「イルボン、イルボン、イルボン」

 おそらく、日本人女性としては「日本人なので韓国語はできません」と言いたかったのだろう。
 だけど、相手はちゃんとそれなりに日本語を喋っている。
 その日本人グループにしても、ガイドや通訳なしでわざわざ、こんなマイナーな映画館に来ている訳だから、韓国に対して積極的にアプローチしようという気持ちがあるとは思うのだが…

 もう一つは、ある郷土料理屋での事。
 裏路地の分かりにくい場所にあるが、有名な観光地なので、最近は結構、日本人が来る。

 そこで名物料理を一人食べていると、どやどやと、日本人の中年女性グループが三人ほど入ってきた。
 リーダー格の人は滑らかな韓国語を話している。
 だが、席に着いて注文する段階になると、壁のメニューを見て何やら騒ぎ出した。
 「게장って何!게장って何!게장って何!」
 韓国語の発音は上手だし、ハングルも読めているはずなんだけど、日本語メニューが置いてあるお店ばかり利用していた弊害なのだろうか?
 というか、それ以前に辞書を引けばいいだけの話なんだけど…

 対話とは本当に難しい。

kakehashi.JPG
「架け橋」という言葉の虚しさが胸に染みます…

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Vol.491 ガラガラな飲み屋 [韓国生活]

 昔から夜の弘益大付近はお店が混むので、人と待ち合わせると、場所に困ることが多い。
 個性的なお店も多いが、そういうところほど座席を確保するのが難しく、店内がうるさいので、ゆっくり話ができないことが悩みのタネだった。

 ここ五、六年は某店を馴染みの場所として使っていたのだが、いきなり閉店してしまったので、かなり困る事態になる。
 じゃあ、どうしようかと思っていると、人のいない飲み屋が駅のすぐ近くにあるという。
 話が出来てお酒が飲めればいいや、ということでそこに行ってみることにした。

 古ぼけたビルの三階にある普通の飲み屋で、驚くほど駅から近いが、確かに中はガラガラ。
 働いている人も片手間風なので、何か本業があるんだろう。
 つまみ類は、この手のお店によくある物が並んでいるだけだし、お酒も同様。
 つまり、グルメ気取っていると注文に困るお店なのだけど、「勝手にやってね」的な雰囲気が意外と心地よく、本当に誰も来ないので、妙に落ち着いている。

 そんなこんなで4時間近くみんなでダベっていたのだけど、お店の人は嫌な顔一つせず、相変わらず「勝手にやってね」状態。
 最初は「えー」的だった古いビルの様相も、逆に一種の「弘益大前イズム」を感じさせ、案外ここら辺では減ってきているスタイルのお店に見えてきたりする。

 入居しているビルがかなり古いビルなので、無くなるのは時間の問題のような気もするが、一次会は論外としても、二次会、三次会の定番としてはいいお店と言えそうだ。

 料理にこだわらず、ひたすらだべることに集中したい方にはお勧めしたい(といいつつ場所は書きません)。

hachi.JPG
こっちの方はまだ、穴場かも。

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Vol.490 韓国の夏Part2、教皇の夏 [韓国生活]

 2014年、8月某日。
 午前中、私は映画を観るべく、光化門駅に地下鉄五号線で向かった。

 定宿から光化門駅は3kmもないから、機嫌が良い日は徒歩で行くのだが、あいにくそうではなかったので、地下鉄で行くことにする。
 鍾路三街駅から5号線を使えば、光化門駅まで五分もかからない。

 列車が来たので乗る。
 次の駅で停車したので確認すると西大門駅だ。
 「ああ、またやっちゃった…」
 ぼうっとしているとあっという間に西大門駅まで行ってしまうくらい、鍾路三街駅から光化門駅は近いから、疲れている時や考え事をしている時は要注意なのだ。

 仕方ないので反対方向の車両に乗り換える。
 だが、地下鉄は光化門駅をすっ飛ばして、鍾路三街駅に到着する。
 「あれれれれれ!」
 そう、その日の午前中は光化門駅に地下鉄が停まらなかったのだ!

 なぜなら、第266代ローマ教皇フランシスコを迎えた謁見式が、「大韓民国が世界に誇る大イベント」として、光化門広場こと「歴史自慢広場」で開催されており、光化門駅は完全封鎖されていたからなのだ。
 地下鉄が停まらないのは市庁駅も同様で、去りゆく同駅構内にいるのはベンチで寝ているホームレスの人だけ。

 仕方ないので普信閣駅に戻り、そこから鍾路に沿って徒歩で光化門駅方向に向かうことにする。
 道路は通行止めになっていて、まるで日曜の銀座か、新宿のよう。
 道幅が広いので清進洞辺りまで人の群れがそれほど気にならなかったが、清進洞辺りから人々が動かなくなり始め、光化門駅十字路手前にくると、遂に先へ進めなくなってしまう。

cyonjinndon2.JPG
ここらまでは大したことないのですが…

 その様子に改めて、韓国におけるカトリックの影響力を思い知らされる。
 日頃、特定宗教と関わりの薄い暮らしをしている私にとって、体験してみないと皮膚感覚では理解できない宗教の存在がそこにはあった。

 現場には教皇を一目見ようと地方から団体で来ている人たちがかなりいて、みんな共通のTシャツだとか紙のサンバイザーを被っている。
 だが、この凄まじい人混みでは多くの人達にとって、「教皇に直接拝謁する」という真摯な願いは叶わなかったのではないだろうか。

 私が広場前に着いた時はすでに謁見式は終わっており、教皇は現場から去っていたが、今度は人々が一斉に帰路に着くのでこれがまた大パニックだ。
 ここでテロでもやられたら大惨事なのだが、警察官の姿はかなり少なく、警備が予想より手薄に見えた。
 そういえば前日も当日もTVニュースで教皇のパレードを中継していたけど、乗っていたのは韓国車を改造したオープントップ、狙われたらイチコロの防備だった。

 光化門十字路の狂ったような人混みをなんとか突破して通りの反対側に出るが、そっち方向には団体さんのバスが停められているらしく、人々の列が延々と流れ続けている。

 映画の上映まで時間があったので、どこかで一休みしようと思ったが、どのカフェも帰りの人たちで満席、仕方ないので、前から気になっていた中国料理屋に入って冷麺を食べる。
 でも、そのお店もまた、帰りの団体さんで一杯だった。

 日本でローマ教皇と言えば、ヨハネ・パウロ2世が来日した際、銀座教会に来たことを覚えているが、大分昔の話である。
 2015年に現教皇が日本に来るとか来ないとか調整しているらしいが、それが実現しても東京ではここまで大騒ぎにならないだろうし、訪日が決まれば、おそらく日本人よりも在日外国人での方が盛り上がるんじゃないだろうか?
 そういう意味では、今回の大騒ぎぶりに遭遇出来たことはいい経験だったのかもしれない。
 もしかして、「お導き」だったのかも?

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宴の後…


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Vol.489 恐怖!ヒステリー発現 [韓国生活]

  「火病」という言葉が韓国人気質を揶揄するネットスラングとして日本で一般的になって久しい。
 これと同じ症状なのかは分からないが、韓国で時折遭遇するものに、病的なヒステリー発現がある。

 時や場所に関係なく目撃するので、おそらく一定の遺伝性気質に基づく症状ではないかと思うのだが、これに触れた具体的な文献を見たことがないので定かではない。
 この現象に共通するのは、発現者が年齢に関係なく皆女性ということであり、韓国人男性の「瞬間湯沸かし器」と異なるのは、症状の時間が長く、収まるまで誰も手がつけられない、ということである。

 かつて韓国の企業で日本語の堪能な韓国人女性スタッフが急務で必要になったことがあり、ちょっと人探しに協力したことがあったのだが、求人する側の経営者は「三十歳未満の女性」であることに拘った。
 女性であることの必然性は、軋轢の調整役として期待を込めたからだと思うが、年齢制限についてなぜかと聞くと「三十過ぎるとキチガイみたいなヒステリーになる女がいるから」とおっしゃる。
 それを語るときの彼は、それはそれは心底嫌そうな顔だった。

 男女関係のもつれだとか、店で身勝手が通じずブチ切れ、といったパターンで始まる女性のヒステリー騒ぎは日本でもたまに見かけるが、発現までのプロセスはおおよそ同じであっても、症状の深刻さは韓国の方が遥かに上で、その凄まじさは、直接遭遇しないとわからないと思う。

 とにかく怒り方が尋常でなく、叫び声は物凄くで、よくもまあ、こんなに怒り狂っていられるものだと感心するくらい、一度始まるとテンションが下がらない。
 韓国の街中で騒ぎが起こり、野次馬が集まっていると、よくその原因になっているのが、この「ヒステリー発現者」だったりする訳だが、第三者にとって一番困るのは、公共の場で平然と発現することである。

 一度、空港の搭乗検査時に、中年女性にこれをやられたことがあるが、現場は大停滞になってしまい、皆迷惑を被った。
 他の韓国人からすれば、「あのオバさん、しょーがないなぁ」で済むが、事情を知らない外国人からすればトンデモない迷惑行為にしか過ぎず、本当なら警備関係者がとっ捕まえて別室に連れて行くべきものだろう。

 狎鴎亭のおしゃれな界隈でも遭遇したことがあるけど、その時の発現者は若い女性で、どうやら原因は男女関係のもつれらしかったが、日本人基準で見れば「異常」な騒ぎようだ。
 諍いが起こった袋小路には、通りの向こうからも野次馬がドヤドヤと駆けつける始末で、一時は辺りが騒然となった。

 この現象が住宅街で発現すると、辺りが閑静な分だけ余計目立つことになる。
 常軌を逸したヒステリー声が長時間響き渡るので、家の前はニヤニヤ笑いの野次馬が集まり、発現レベルが上昇すると「アイゴー!」という叫び声とともに、「ガラガラ、ドッシャーン」と、家財を破壊する音も聞こえてきたりする。
 
 あくまでも個人的な経験上の話限定ではあるけれど、韓国において初対面の印象がやたらと明るくフレンドリーなタイプの人は、情緒不安定で躁鬱が激しい傾向を感じるので、ちょっと要注意かもしれない。
 「知り合った韓国人は朗らかな性格」だなんて喜んでいると、いつの間にやら、とんでもない修羅場に巻き込まれるかも?

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Vol.488 韓国の夏、鳴梁(명량)の夏 [韓国映画]

 2013年韓国の夏は『설국열차(スノーピアサー)』の夏だったとすれば、2014年韓国の夏は『명량(鳴梁)』の夏だった、と言えるかもしれない。

 ちょっと違うのは『설국열차(スノーピアサー)』がマスコミ大騒ぎの割に世間の反応が低かったことに比べ、『명량(鳴梁)』の方は公開後どんどん盛り上がりを見せ、韓国映画市場の異常性を際立たせる大ヒットになっていることだが、どことなく政治臭が漂って来る点では共通している。

 『설국열차(スノーピアサー)』は韓国内マスコミその他のネガティブな批判が封じられたが、『명량(鳴梁)』は映画を否定的に語ったり観に行かない人に対して、一部観客が「民族の裏切り者」扱いし恫喝する動きが出ているらしい。

 だが、『명량(鳴梁)』は出来が良い悪いを全く別にして、とりあえず日本で公開してもいい作品だとあえて提言したい。
 김한민監督の前作『최종병기 활』以上に大雑把、退屈な作品だが力作だし、なによりも韓国における普遍的な「日本・日本人観」を垣間見ることができる良い例だからだ。

 日本では「抗日・反日映画が韓国で記録的大ヒット!」といった骨子でばかり紹介されているが、どうせ否定して攻撃するなら、観てからの方が嫌韓派にとっても効果的な「対韓国揚げ足取り作戦」をやり易いだろう。

 そして、この映画が日本に対して危険な問題を孕んでいると本気で憂えるのであれば、『명량(鳴梁)』をテーマに深夜番組で日本と韓国の有識人を複数招き、韓国ウケする北野武あたりをMCにして朝まで「反韓・反日」バトル・ロワイアルでもやればよい。

 筆者はこの『명량(鳴梁)』を格別「危険な抗日・反日プロパガンダ映画」とは考えていない。
 韓国に対する批判精神が麻痺してしまったことも大きいけど、『명량(鳴梁)』もまた、韓国で常に描かれ続けているルーチンワークの物語に過ぎないし、韓国映画史上、おそらく日本の戦国武将を最も真面目にリアルに(そしてお金をかけて)描くことに、大きな力を注いだ作品とも言えるからだ。

 だからこの『명량(鳴梁)』を「反日・辱日の象徴」として吊るし上げにするよりも、「押しつけられる側としては韓国人も本音ではウンザリ」のスーパーマンネリな英雄譚に、今さら韓国の人々がなぜ群がったかを考えることの方が、真面目な反韓・嫌韓派にとっても大切だと思う。 

 韓国某紙によれば観客は40代から50代にかけてが多いらしいが(ということは必然的に家族連れである)、その世代の人々は学生の頃、民主化運動と己の脱韓国化、そして日本とアメリカを叩くことに熱を上げてはいても、社会人として世に出て見れば理想から遊離した現実を突きつけられて苦悩した年齢層だから、『명량(鳴梁)』に鬱憤と憧れを託す気持ちは分からなくもない。

 なにせ、この映画の主人公・李舜臣は、日本で言えば大坂夏の陣で徳川家康の本陣に突入しながら目的を遂げることが出来なかった真田信繁(幸村)のようなものだからだ。
 そして、今ではなく、金大中政権全期や盧武鉉政権初期の韓国で製作され公開されていたら、おそらく大コケだったのではないか?

 『명량(鳴梁)』が「日本を貶める反日映画」か否かについては結局のところ、韓国人観客側の情報リテラシーと行動の問題だろう。
 客観的な視点と分析能力が低い人は大衆操作する側のいいカモになり、そうでない人は沈黙の黒い羊と化すのはどの国でも同じようなものだ。
 日本人の多くにとっては、せいぜい「NHK大河ドラマもどき」か「戦闘シーンだけは凄い」といった感想を漏らす程度の時代劇に過ぎないのではないだろうか。

 例え、韓国人俳優演じる日本武将の日本語のセリフが何を言っているかよく分からず、例え、その容姿が「遊園地の菊人形」であり、例え、大谷亮平が李舜臣に心酔した朝鮮側のスパイ役なのに韓国語のセリフ無しであっても、それは韓国におけるいつものご愛嬌である。

 『명량(鳴梁)』を観て舞い上がり、日本人に対して喧嘩を売ってくる不愉快な「自称愛国者」がいたとしても、それは韓国社会のダメ系な連中だし、韓国で記録的な大ヒットをしているといっても、同国の観客全てがこの『명량(鳴梁)』に陶酔し絶賛している訳ではない。
 そして、韓国には日本の戦国オタクやNHK大河ドラマファンが結構いるから、そういう「隠れ日本ファン」がこの映画のヒットを裏で支えている可能性も全く無いとはいえなかったりする。
 
 出演者にも特筆すべきものはない。
 主演のチェ・ミンシクとリュ・スンリョンは演劇畑出身の韓国映画を代表する大スターだが、今回の演技は彼らの持つパフォーマンスを思えばかなり低く、「今の韓国映画でこれじゃあね…」のレベル、チェ・ミンシク演じる李舜臣にしても、リュ・スンリョン演じる来島通総にしても、カメラをにらみつけ、馬鹿のひとつ覚えの如く唸っているばかりだ。
 二人を取り巻く人々については、それ以上に芸も技もなく、棒と丸で構成された落書きの記号でしか無い。
 日本武将のセリフは全て日本語だが、あまり効果があったとは思えず、逆に韓国人俳優たちの演技を無用に硬くしてしまったように見えた。

 だが、映画では自国の歴史賞賛ばかりをやっている訳ではない。
 李舜臣が主流から外れた窓際族であり、朝鮮水軍が内輪で互いの足を引っ張りあっている様子をちゃんと描いているし、豊臣秀吉軍の襲来にしても「残酷で戦争好きな劣等民族・日本人がどうたら」以前に、予測できた避けがたい「天災」に何の手も打てなかった朝鮮王朝を批判する暗喩の象徴として描いているように思えた。

 この『명량(鳴梁)』に限らず、【朝鮮の英雄が永遠の悪鬼・日本に打ち勝つ】というパターンは何十年も前から韓国において空気や水のように当たり前のストーリーだ。
 我々日本人がそれを指摘して大騒ぎすることは、韓国人にとって理解し難い余計なお世話に過ぎないし、「抗日・反日・辱日」に熱を上げる偏向した愛国者連中が自身の「愛国者」ぶりにウットリするのはよくある光景であって、結局、韓国の人々の問題だろう。

 むしろ、それより筆者が恥ずかしいと常々感じているのは、「韓国って、香港の首都でしょ?(※)」とのたまわっていたのに、韓流ブームに乗せられて「韓国うっとり、自称韓国通」に鞍替えし、ついこの間まで「韓国大絶賛」をしていたくせに、マスコミその他主導の「嫌韓・反韓」キャンペーンが始まった途端、「真実に気がついた」だとかなんとか言い訳をして、簡単にそっちへ乗り換えてしまう日本人が少なからずいることである。
(※)実話です。ネタではありません。

 この『명량(鳴梁)』の欠点を挙げるとすれば、歴史マニアでなければ映画として非常に「退屈」で「面白くない」ことだろう。
 長くてダレダレ、説明ばかりの展開もそうだが、ろくな前説なしで鳴梁海戦を描いているので話がよく分からず、戦闘シーンも派手だがゴチャゴチャで混乱している(火砲や装甲に詳しい人なら首を傾げる描写もあるかと思う)。
 しかし、それは韓国の一般観客にとっても似たようなものだったのではないか?

 だから「じゃあ、なぜあんなに韓国でヒットしているんだよ!!」と絡まれても、私にはその理由は説明できない。
 せいぜい、「韓国大手企業の大衆操作(マーケティングとも称す)が大成功したんだろう」とうそぶくくらいである。

 もし、この『명량(鳴梁)』大ヒットにおける一番の憂えるべき問題を挙げるとすれば、「抗日・反日がどうの」よりも、李舜臣を描いた全三部作として続編の製作される可能性が一層高まってしまったことだろう。

 しかし、続編の製作と公開で一番迷惑を被るのは日本人ではなく、映画の可能性を模索している韓国の映画人であり、韓国的な隘路から脱皮を図ろうとしている市井の人々であり、なによりも観る映画の選択肢を配給側の都合で奪われてしまう観客たちのほうではないか?

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구루지마こと来島通総(演じているのは류승룡)

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Vol.487 煉獄からの脱出となるか!? [韓国生活]

 以前、本ブログで紹介したA氏が遂に日本へ本格帰国することになった。
 韓国と縁が切れてしまう訳ではないが、ソウルの住居を引き払い東京に家を借りて、今後は日本にある会社で働くことになる。

 筆者はしばらく氏と会っておらず、ソウルで会う機会もこれが最後だろうと思い、久しぶりに彼が務めるオフィスに赴いてみた。

 そこはソウル市の外れ、新興オフィス街のインテリジェントビル内にある。
 ここら辺はかつて工場地帯であり、軍事政権下では労働運動のメッカのような場所だったが、盧武鉉政権時の公約で工場の多くが地方に移転した後は、再開発事業の一端として沢山のインテリジェントビルが建てられた。

 だが、こんな不便な場所にすすんでオフィスを設けるのは経営不安定な零細企業ばかりなので、なかなか住人が定着せず、駅前は賑わっているが街は半ばゴーストタウンのままだ。
 そのためか、食事をする場所も開店・閉店の繰り返しで安定しない。

 それとは反対に、このオフィス街を取り囲む古い市街地の方は、ここ十年、中国人のニューカマーが大激増、今ではインテリジェントビル群が新中華街に包囲された様相になっていて、まるで韓国人のアラモ砦のようだ。

 A氏が韓国で何の仕事に携わっているかは書かないが、クリエイティブ系の仕事である。
 近所には技術系ベンチャー企業が多いので、最近は日本人の出入りもだいぶ増えたらしい。

 A氏がソウルに住んで約十五年になる。
 彼の地での暮らしが合っているらしく、それなりの不愉快な問題はあっても、意外と日本人独身男性にとってソウルの下町生活はそんなに悪くないのかもしれない。
 逆に妻帯者・家族持ちだったら、こんなに長くソウル暮らしは続けられなかったと思う。

 かつて、昔の韓国をよく知る日本人に「昔の汚い地方暮らしに耐えられるなら、韓国でやって行けるよ」というアドバイスを受けたことがあるけれど、A氏くらいの年齢だと、今のソウルはちょうど、ご当人の子供時代や学生時代に近い生活水準かもしれない。

 仕事場は趣味が高じての熱帯魚の水槽や観葉植物が幾つも立ち並んでいて、会社内オアシスと化している。
 玄関のフラワーアレンジメントも担当していて、その見事な空間プロデュースぶりは会社公認となり、経費も出してくれるようになったというから大したものである。
 でも、韓国は今だ娯楽の選択肢が少ないので、それもA氏が内装に熱を上げていた理由の一つなんだろうと思う。

 仕事自体はかなり忙しいはずなのだが、韓国は個人と家族優先の社会なので、A氏が以前仕事をしていた東京に比べれば、そこそこのんびりしている。

 筆者は韓国の暮らしが決して夢のように楽しいとは思わないし、同じような所得レベルなら、小金持ちであっても貧乏であっても、日本の方が便利で遥かに楽しみが多いという認識は今だ変わらない。

 しかし、いつも気が抜けない東京の生活に比べると、皆が自分勝手で、いい加減で、その場主義に見えてしまうソウルの暮らしは、日本人が一度馴染んでしまうとその緩い空気から抜け出し難くなってしまうのかもしれない。

 取り急ぎですが、Aさん、お疲れ様でした!!!

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筆者もこことお別れ。ちょっと寂しいです…

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Vol.486 『海にかかる霧(해무)』 この夏、韓国映画界に射した一筋の希望 [韓国映画]

 
(※)記事中、ややネタバレがありますが、鑑賞には差し支えはありません。

 2014年の夏、韓国の映画館は国策映画とも言えそうな『명량(鳴梁)』に乗っ取られたイヤーな状態だった。
 その他も『군도・민란의 시대(群盗・民乱の時代)』や『해적・바다로 간 산적(海賊・海を往く山賊)』など、似たような時代劇ばかりが並んでウンザリ。
 だが、必然なのか意図的なのか、これら似たモノ同士の時代劇群が朝鮮王朝のトホホぶりを描く結果になっていたのは皮肉なことである。

 そんな韓国恒例夏のファシズム興行の嵐が吹き荒れる中、暗闇に射した一筋の光のように清々しく登場したのが8月13日に公開が始まった異色作『해무(海霧)』だ。

 某K-POPメンバーの本格的な俳優デビュー作ということで、この映画を観るために【日本人女性が夏の韓国に押しかけている】などという相変わらずなプロパガンダが繰り広げられていたらしいが、日本で公開する折には絶対にそれだけで売って欲しくないと思う。
 なぜなら、無残で悲しい愛を描いた純然たる伝統的な「韓国式シュール&グロテスク」の映画だからだ。

 物語は韓国漁船で起こった朝鮮族密航を巡る大量殺人とその顛末が描かれていて、「よくもまあ、こんな企画が今どき通ったものだ」と感心するくらい最近の風潮とはかけ離れた作品になっている。

 監督の심성보は今回が本格的なメジャーデビューだが、かつて名作『殺人の追憶(살인의 추억)』において脚本とスクリプター、端役として参加していたキャリアがあって、この作品に企画として名を連ねている봉준호の力添えが大きかっただろうことは想像に難くない。

 筆者はサスペンス&ミステリーかと思って観に行ったのだが、あくまでも純然たる人間ドラマであり、逃げようがない場所で誰がどう生き延びるかを描いたサバイバルドラマでもある。

 海に浮かぶ漁船の中がシーンの大半を占めているが、ユニークな顔ぶれの実力派俳優を揃えているので決してダレず、上質の舞台劇のような緊張感に溢れており、ブロックバスター作品にありがちな粗雑な編集や破綻した構成に陥ることもなく、映画は一貫した端正なリズムで語られてゆく。
 撮影や美術のレベルはかなり高く、「また日本映画が危うくなったかも」という危機すら感じた。
 
 登場する人物は基本的に「普通の人間」たちでしかない。
 その「普通の人たち」が予期も出来なかったトラブルに遭遇し、次々と醜い本性を現していく様がこの作品における主題の一つであり、そこに人間の「性善」と「性悪」を問う宗教的な暗喩を感じたのは私だけではないと思う。
 特に김윤석演じる철주船長が遂げる悲惨な最後は、その象徴であり暗示のようでもあった。
 ちなみに、『환상속의 그대(幻想の中のあなた)』で共演した한예리と이희준が間逆な関係を演じているのは偶然だろうけど、ちょっとした作り手側の遊び心に見えた。

 映画の結末は一部の人にとって納得が行かないかもしれない。
 なぜなら、あれだけの大量殺人と死体遺棄が行われているにも関わらず、事件の顛末については触れられないからだ。
 最後まで生き残った박유천演じる동식のその後についても同様だ。

 しかし、人間としての良心を守りぬき、愛を信じ続けた동식に待っていた運命も結局は救われなかったと言えるかもしれない。
 ラストシーン、街場の安食堂で彼は홍매(=한예리)らしき女性と再会するが、それもまた尻切れトンボであり、果たして本当に홍매自身であったかを明かされないまま映画は終焉する。
 だが、その不明瞭な幕引きこそ多くの観客に強い余韻を残したと思う。

 なお本作は韓国内観客動員数が140万人を超えたが、現在の韓国映画における風潮を考えるとこの数字はかなり評価していいのではないだろうか?
 もしその裏で『명량(鳴梁)』の興行に対する映画ファンたちの抵抗があったとしたら、ちょっと愉快かもしれない。

 『해무(海霧)』が日本で公開される際、どうしても박유천絡みの宣伝がなされることは仕方ないが、「韓流」イメージを払拭して普通の映画ファンの方々に観て欲しい作品であると共に、심성보監督が韓国映画界の「一発屋」で終わらないことを祈りたい。

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2015年4月日本公開予定
『ビー・デビル/김복남 살인 사건의 전말』が好きな人にはお勧めです(でもハード・ゴアではないので박유천ファンの方はご安心を…)

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Vol.485 済州島の味とは? [韓国の食]

 ソウルに済州島式料理を出すお店は幾つかある。
 済州島は元々、海産物や黒豚の産地として有名なので、ソウルでは専門の郷土料理店でなくても、魚や豚肉関係はよく、「済州島なんたら」という表記を看板に上げていたりする。

 つまり、キャッチコピーとしてはあまり珍しくはない訳だが、済州島の味に近い本格的なお店となると、実はかなり少ないらしい。
 風土が異なるのでそれは当たり前だし、ソウルで本式のものを食べる意味も薄いので、基本的に興味はないのだが、最近人気と噂の某店が気に入ったので、どこまで味が本物なのかを確認すべく、済州島出の食にうるさい人物を、その店に連れて行ってみた。

 このお店の特徴は、焼き肉やら海鮮系が主体ではない、ということである。
 昼間は食堂、夜は居酒屋といった感じで、主にククスやらスユクやらスンデやら、おつまみ系の料理を主体としている。
 メニューは全て済州島言葉で書かれており、一見なんだか分からないが、注文すると普通の韓国料理とそれほど変わらなかったりする。

 焼酎は、済州島で作られている「한라산=漢拏山」の度数違いが二種類と、高価な地焼酎系の「허벅술」が置いてある。
 「한라산=漢拏山」は、かつて原料に使っている水の味が際立っていたので、韓国焼酎としては美味しい方だったが、残念ながらここ二三年、味が大幅に変わってしまい、普通の韓国焼酎に成り下がってしまった。

 「허벅술」の方は米を原料にしたお酒だが、お店ではW6万を超える高級品でとても手が出ないので諦めた。
 ちょっと飲んでみたい気もするが、味の方は予想がつくし、日本でシングルモルトの中級品が買える価格だから、済州島に里帰りする人が誰かいたら、頼もうかな??

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「한라산」
透明がオリジナル、緑が度数の低い方。


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「허벅술」
日本でも買えるみたいです。

 前回来た時は、スユク(돔베고기※1)とスンデ(종순대)の肉肉コンビを注文したが、ここの売りはどうやらククスらしいので、今回は「고기국수」とスープ料理である「몸국(※2)」を注文する。
 スユクとスンデはそれなり個性的な味だったが、この二品はもっと郷土料理の色彩が濃い。
 (※1)돔베=済州島の言葉でまな板を指す。(※2)몸=ホンダワラの一種。

 「고기국수」はかなりの太麺で、スープはベースが豚骨らしく、うどんとラーメンの中間のような感じ、二人くらいで分けて食べると、丁度いい量だ(「ラーメン二郎」の小ラーメンくらいある)。
 味自体は悪くないが、やっぱりククスと言えば私の場合、「細麺+イワシ味+醤油系」の方が、やはり好みである。

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고기국수

 「몸국」の方も豚骨ベースのスープ、そこに海藻と豚肉がどっさり入っていて、食べごたえは十分だ。
 済州島では誕生日に作る代表的な家庭の味、ということらしい。

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몸국

 前回、スユクを注文した時に出てきたイワシの塩辛が美味しかったので、今回も頼んで見たが、なんだかビシャビシャで味が薄い。
 どうも、当たり外れが激しいようだが、本来なら酒のつまみとして、とてもいいものだ。

 早速、くだんの済州島人に、この店の感想を聞いてみたが、イマイチという答えが返ってきた。
 「不味くはないが、心が入っていない」という。
 かくいう私も、前に来た時より、料理は手抜きのような気がしたのだが、お店のスタッフは皆若いので、まだまだ発展途上中なんだろう。

 結論から言うと、場所柄いつも混んでいるし、店内は狭く、価格も高くで、友人たちとウダウダするにはダメな店だが、つまみにうるさい人には、そこそこ向いているお店かもしれない、という感じである。

 ソウルにある済州島料理のお店として信頼できるのは、聞いたことを総合すると광화문駅にある某店と、어린이대공원駅にある某店、건대입구역駅にある某店ということらしいが、광화문以外は場所が場所なので、なかなか行く機会はない。
 でも、어린이대공원のお店は本当に済州島の味を再現しているらしいので、今度時間を作って行ってみようかな?と思うのだった。

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映画『산타바바라』(2013)では、このお店が撮影に使われていました。

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Vol.484 恐怖の地下道 [韓国カルチャー]

 今では過剰な宣伝が控え目になった韓国の美容整形だが、かつては「整形前、整形後」の写真広告が、それこそ壁一面に貼られていた場所があった。
 地下鉄三号線「新沙駅」の出入口に繋がる地下道だ。

 元々、この駅周辺には美容関係の病院が集まっていたことから、その手の広告が多めだったが、行政が医療観光に力を注ぎ始めてからは、歯止めが効かないくらいエスカレートし、凄まじい光景が広がっていた。
 あまりにも醜悪なので、私は密かに「おばけ屋敷」と呼んでいた。

 だが、モデルになった女性たちがよくここまで自分を晒すことが出来たな、と実は感心もしていた。
 広告塔になることで、なんらかの見返りがあったとは思うのだが、こうも生々しい「整形前、整形後」を堂々とさらす様子には圧倒されるものがあって、壮快さすら、漂っていたのである。

 どの顔も「整形前、整形後」両方に同じような特徴があって、似通った顔立ちが多く、総じて顎と目、鼻に手を入れていた。

 顎の周辺を手術している場合、顔の輪郭が変わっているので、かなりの大手術だったことは想像に難くなく、これでは死亡者が出ても不思議ではないし、後遺症に苦しんで薬の依存症になるのもうなずける。

 目の形状には流行りみたいなものがあるらしく、綺麗に可愛く整形したのはいいものの、皆同じような形になっていて、整形モロばれ、みたいな顔。
 これでは化粧や髪型で大きくカバーしないと誰が誰だか分からなくなりそうだ。

 これらの広告は一種の「美容整形カタログ」も兼ねていて、韓国の女優やタレントには不自然な整形が多いことがよく分かったりもしてしまうのだが、個性を活かしたブサイク系やカワイイ系の台頭が目立つようになってきているのは、整形に対する批判を回避する意味があるのかもしれない。

 ただ、芸能人がある程度、美容整形に依存するのは、やもをえないことだろう。
 男優も例外ではなく、プチ整形や美顔、ハゲ隠しは普通のことだが、これは仕方ない。

 一般論として美容整形は、手術したのが分からないことに価値があると思うのだが、韓国はとにかくアピールすることと、プロセスよりも結果が第一なので、バレたとしても開き直って言い訳すれば、それでオシマイだし、成功のチャンスを得られるのなら、それもまた方法論の一つである。

 私の周辺には、露骨な美容整形を感じさせる美人も美男子もいないので、施術を受ける人たちの本音はよく分からないのだけど、韓国における美容整形とは、韓国の「見栄文化」が行き着いた一つの形とも言えるかもしれない。

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いまは以前の面影なし。


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